2011年8月20日土曜日

言われたことを完璧にこなす日本人、自分で考えて行動するオーストラリア人

こちらで勉強していて感じることですが、日本人とオーストラリア人の学生の違いは、かなり乱暴かつ簡単に言ってしまえば、このタイトルの通りだと思うことが時々あります。

と言うのも、クラスメイトには2人のオージー男性がいるのですが、彼らは良い意味で完全に日本語オタク。1人は日本文学に関心があって、日本の小説を次から次へと読んでいき、さらには2週間後に始まる単語テストの出題範囲(約150単語)を既に完璧覚えていたりする。もう1人も日本のテレビをにやたら詳しかったり、日本語に関連した本を見つけてきては読んでいる。要は2人とも、自分のパッションと今勉強をしていること(日英通訳翻訳)が深く結びついているので、授業以外でも自分でどんどん学んでいくのです。

一方、日本人の学生はどうかと言うと、授業で出された宿題や課題はひーひー言いながらも必ずやってくる。テストも問題なくパスする。だから成績は言うことなし。でも、日頃から自ら進んでどんどん英語や通翻訳の勉強をしているかと言ったら、正直疑問です。私をはじめ、クラスメイトの多くがこちらの新聞を読むことを毎日の課題にしてはいますが、オージーの2人のように語学オタクになれているかと言ったら、個人的な印象ですが、それほどいないように思います。 (実はみんな隠れオタクなだけかもしれませんが。。)

では、なぜこのような違いがあるのか?と考えたときにまず思うのは、やはり小さいときからの教育に大きく関係していると思います。これは自分自身にも言えることですが、とにかく日本人は与えられたものや言われたことを(完璧に)こなすことが非常に得意(と言うより慣れている)。理由の1つは、よく言われることですが、日本の義務教育では大学受験を前提とした暗記中心の勉強が中心で、自分の頭で考えて勉強する機会が少ないからではないかと思います。

それから、英語圏出身のクラスメイト曰く、「日本人は小さいときから塾や習いごとで忙しすぎて、自分で考える時間が少ないのでは?」とのこと。ちなみにオーストラリアやイギリスでは、大学までは長時間勉強を強いられることなく、自分の自由な時間が思う存分あるそうです。おそらく、こういう時間に色々な経験をして、沢山自分の頭で考えれば、大学を卒業する頃には、自分で考えるの好きなことや実現したいことが少しは明確になっているのかもしれませんね。

さて、ここで思い出すのが日本の新卒就職活動。「自分で考えて行動できる人」がほしい企業の採用担当者に対し、本当に自分が将来やりたいことが見えていて特定の企業に就職を希望する大学生は本当に少ない。でも大学生が「自分が将来どうしたいのか分からない」のは当然だと思います。社会に出たって何となく働いている人は山ほどいるし、自分が実現したいことがあると思っていたのになかなか見つからず悩んでいる人も沢山います。だって、それまで自分の頭で考える訓練をされてないんだから。悲しいですが、これは当然の結果と言えるかもしれません。
でも重要なのは、日本人にしてもオーストラリア人にしても、自分の本当にやりたいことを見つけたい人は、それが見つかるまでリスクをとりながらも色々なものにトライし続けるということだと思います。

もうちょっと書きたいところですが、今日はここまで。また明日は朝から図書館です。

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